ゲームを楽しめるアホな人たち

修論締め切りに追われる毎日が続いているせいで、まれにおかしなことを口走ってるような気がする今日この頃です。ZARDの「負けないで」の歌詞をすべて「もうダメポ」に変えた意味不明な歌を夜な夜な口ずさんでは、いきなり登場したトランプで大富豪が永遠3時間も行われるなど、もはやここは現代文明の行き届いた都市の中にある建物の一室とは思えない隔離空間になっています。

ゲームで遊ぶことほど時間を浪費するものはない、なんて言われたりもします。しかし、高度なルールの上で成り立つゲームを楽しむためには、高度なルールを理解しその上で戦略を考えることができるくらいの思考が必要になります。将棋なんて、そんな高度なゲームの一種といえるでしょう。まぁ本当にほめられるべきは、そんなゲームのルールを作る人ですけどね。

ただ、ゲームで遊ぶと言うことは、目の前に広がる現実を対象として「遊ぶ」ことを放棄した現実逃避の行動であるともいえます。現実があまりに複雑すぎてわからないことだらけなので、ルールが明確に決められてその結果理想的なモデルとして捉えることができるゲームの中で思考し遊んでいるにすぎないのです。基本的にゲームは現実と結びついていないので、いくらゲームで強くなれようが現実には影響を及ぼせません。まぁ賭博のような一部例外的ゲームもありますが。

ゲームで遊ぶという行為がいいことなのか悪いことなのかよくわかんないです。ただ、私にとって楽しいものであることは確かなようです。

久々に昼間に外を歩いていると、近くでフリーマーケットをやっているのが見えました。たくさんの人がいて、なんか人間味にあふれているような気がしました。それだけ。・・・なに書いてんだろ、オレ。

このブログ記事について

このページは、らるるが2006年2月 5日 13:13に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「冥王星は小さい」です。

次のブログ記事は「精神論」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

月別 アーカイブ

ウェブページ

Powered by Movable Type 7.9.0