物事の判断をするとき、その決断によりどんなメリットとデメリットが得られるかを考えて判断をする。メリット・デメリットを考えずに突っ走るのは危険だ。どんな落とし穴があるかわからない。事前によく検討し考えてメリット・デメリットを整理した上で判断する。それが賢明な判断であろう。
しかし、世の中メリット・デメリットを並べても判断が付きにくいものが多い。価値観の違いってやつが根底にはあるのだろう。あれこれ考えまくっている政治家でさえ、意見の食い違いが出てくる。正直、メリット・デメリットを並べたって、どう判断すればいいかが見えてこない場面も多いだろう。
しかし保留はできない。判断を先送りすることこそがもっともデメリットの際だつことになることさえある。政治や経営の世界ではそういうのが多いと思う。究極の選択ってやつをしなきゃいけない。どの選択がいいのか、メリット・デメリットを整理してよくよく考えても答えは得られない。そんな状況で何かしらの決断を下さないといけない。
どの選択をしたって、少なからずデメリットが生まれる。要はメリットがデメリットを上回ればいいのだが、両者の単純な比較はできない。デメリットを強調した批判をすれば、判断を下した人をいくらでも責め立てることができる。
そんな状態を幾度となく見てくれば、デメリットの小さい選択をする人に育っていってしまう。デメリットが小さくてもその分メリットも小さくなっていれば意味がない。デメリットを小さくしようとすればするほどメリットも小さくなってしまうだろう。こうして、大きなメリットのある夢を見なくなってしまう。
若さとは何か。おそれを知らない判断を下せる力か。大きなメリットを実現する夢を見る力か。それらを失ったらもはや若いとはいえないのだろうか。私は若くないかもしれない。
うーん、文才ないなぁ。どうせ書くなら技術系ネタの方がいいような気がする。まぁこんなのんきな文章書いてられるのも今のうちなので、まぁなんでもいいや。