2006年1月アーカイブ

冥王星は小さい

[SlashdotJ] 初の冥王星探査機、1月17日に打ち上げ
合間時間に上記のような記事を見つけました。宇宙が膨張しているとか、宇宙はやがてエントロピーが増えまくって熱的になんにも起こらない状態になるとか、質量に満ちあふれすぎたなら宇宙が縮小に転じてビッククランチに達するとか、まぁ宇宙論に関しては理解しがたい話がなされています。でも待てよと、冥王星探索機が打ち上げられるということは、太陽系内の惑星である冥王星がどんなものなのかもよくわかってないのが現状ともいえるわけです。・・・というあたりで調べるのをやめておけばよかったと今になって反省。

んで今現在冥王星についてはどのくらいわかっているのかなぁ、と思ってWikipedia: 惑星を調べてみる。で、発見したのが「冥王星、小すぎっ」 また冥王星の構成要素も天王星や海王星と比べるとかなり違うらしく、「そもそも冥王星は惑星なのか?」という疑問も起こっているそうな。一時期「冥王星の外の惑星発見」と騒がれた2003 UB313も、今のところ惑星認定されていないようです。というか冥王星よりもでかいんですよ、これ。2003 UB313はカイパーベルト天体であると分類されているらしく、その基準なら冥王星もカイパーベルト天体なのじゃないかという話だそうな。

水星・金星・地球・火星もかなり小さいですが、そもそも太陽までの距離が近いんで、近いからこそ質量の大きな星は永続できない(近いと万有引力が大きくなるんで)とも解釈できるわけで、太陽までの距離がかなり違う冥王星とは一緒くたに議論はできないですね。

殷周秦漢三南北隋唐宋元明清とならんで水金地火木土天海冥などと小学校や中学で(意味はともあれ)暗記させられますが、冥の次に別の言葉を足すのか、そもそもその冥をなくすのか。私の習った科学(=理科)はもはや古いのですね。

で、上記のように惑星の定義がそもそも曖昧で、一般的な「惑星」よりは小さな太陽を回る天体を小惑星と呼んだりもするようです。で、小惑星のうち何からのきっかけで太陽の方向へ落ちてゆき離心率の大きな軌道を描くようになったもののうち、太陽の近くに達することで太陽からのエネルギーで光る尾を発するものを彗星と呼ぶようです。要するに、小惑星と水星の区別もかなり曖昧ということです。

というわけで、現状では、宇宙どころか太陽系もよくわかってないんですよ。科学ではわからないことだらけなんですよ。

ここまでの話をまとめるページということでたまたま見つけたページがこれ。われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのか そして、われわれは何者か−宇宙・地球・人類− どうやらこのページ、麻布学園の教師である山賀進氏により書かれたページで、地学の立場で、宇宙から人類の誕生までを包括的に構成する文章のようです。正直これすげー。ここまで系統立てて物理を語る文章は、そんじゃそこらの教科書よりも遙かに詳しいと言い切れます。正直ここの話に付いてこられる人どれだけいるんでしょうか。正直、私ちまたじゃそこそこ優秀とされる大学で理系として大学院までやってきましたが、ここの話をちゃんと理解できるかどうか怪しいです。

上のページでは「中学生から高校生程度を対象として」と書かれていますが、うーんねぇ、麻布ねぇ。私からすると高校教育としては詳しすぎるという気もしますが、うーんねぇ。麻布ねぇ。

こんな私みたいな中途半端な理系人間で日本は汚染されていくんですよ。

採血時に倒れるやつ...orz

採血後に倒れたという事実を認めることよりも、採血後に駆血帯(腕を止めるやつ)を取った後血圧低下で脳貧血を起こして倒れたんだという医学的説明を受け入れざるを得ないことの方がショックでした。・・・ていうか、どっちでも大差ないか。

採血が終わって針を抜くまでは覚えてますよ。「気分悪くないですか?」とか聞かれつつ駆血帯をはずされたあと、頭がぼーっとして(よくある脳貧血)んでそれがさらにひどくなって意識が飛びますた。時間確認する限りは1分以下・ひょっとするともっと短い時間だっただろうけど、どれくらいの時間の間意識が飛んだのかがわからんくらいには意識が飛んでいたようです。気がつくと別途に横にされてて、「気がつきましたね」とか話しかけられているようでした。

気がつく直前くらいの意識があるのかないのか見えているのか見えていないのかよくわからない状態ってのは、ホントよくわからない状態でしたよ、ええ。たとえるなら、ホワイトノイズのテレビ画面(ザーっていうやつ、アナログテレビ限定)のようなものが見えていて、だけど見えていなくて、そんな状況を脳が必死になって認識しようと努力していて、だけどどんなに努力しようと認識できなくて、結果脳が混乱しているような、なんともよくわからない状態でした。なんか説明になっているのかなっていないのかよくわからない文章だなぁ。まぁいいや、こういうのって主観でしか書けないし。人によっちゃ寝起きのもうろうとしている状態と一緒かも。

就職時の健康診断(「雇入時健康診断」っていえばいいのかな)としていって採血してたんですが、思わぬイベント日となりました。なんか最近人生がとことんネタ化してきているような・・・

※「貧血」と「脳貧血」は字面は似ているもののことなるものらしくて、貧血は主にヘモグロビン不足(=酸素不足)、脳貧血は主に血圧低下(=血圧調整不足)、ってことのようです。で、脳貧血の対策は・・・適度な運動、睡眠、食事、ってか。精神的な影響も大きいらしく、自律神経を大事にしろってことか。なんか対策しづらいのう。

1年越しのくーまんの夢

らるるです。
遊んでたら待ち受けくーまんバグにはまり端末がフリーズしたとです。
らるるです...

はまった場合の脱出: 「閉じる・開く・Fメニューを開く」をFメニューが出るまで繰り返しましょう。

科学という名の宗教にだまされる人

先のエントリ"物理学会が「ニセ科学」との接し方を語るらしい"をさらりと紹介してしまったが、よくよく考えると非常に危険なことを日本物理学会はやろうとしているのだなぁ、と結論に至りました。

科学とはしょせんは世の中の現象に対する解釈の一つにすぎないわけで、自己矛盾しないような客観性を持った理論です。まぁ広い意味での1つの「宗教」でしょう。しかし、そうであるがために困った問題も起こります。

その一つが、科学が絶対であるとする、科学万能論・科学原理主義とでも呼べばいいものです。科学でないものは理論でないという考え方で、科学的に証明されないものを全否定します。結果、他の宗教と対立します。

二つ目が、一つ目の裏返しになります。世の中、(現代の)科学で記述不可能な現象がてんこ盛りなので、科学で説明できないことなど山ほどあります。そのことに気づいた結果、科学不信に陥り困惑してしまう人もいるそうで。そんな人はその後、科学で説明できないことをうまく説明してくれるような別のものを求めてしまいます。疑似科学であったり新興宗教であったり、はたまた既存の宗教かもしれませんが。

日本物理学会が「ニセ科学」と認定するものは、少なくとも科学を用いると否定できるような考えであるにもかかわらず、あたかも科学であるかのように誤解させるようなものであるかと思われます。しかし、この「ニセ科学」と(現代の)科学を用いても否定できないようなものは、その違いが紙一重であるともいえるわけです。つまり、ニセ科学の否定は、科学で否定できないものさえも否定してしまいかねない危険性を秘めています。

世の中、科学と矛盾しない宗教の方がさすがに多いとは思いますが、科学と矛盾する宗教もやはり存在します。というか、科学と矛盾する時点で反社会的である可能性大ですが。少なくともそういう宗教と科学が対立します。また、科学で否定できないものさえ否定してしまった結果対立してしまう宗教も出てくるかもしれません。

ほらほら、宗教対立ってろくなことがないことは歴史が証明しているでしょ?だから「ニセ科学」の否定は危険なのです。もちろん、それをふまえているからこそ、あくまで物理学会で語られるのは「接し方」なんでしょうけど。「接し方」を語った結果、誤解して否定に走ってしまう人も少なからずいるかもしれません。

現代版魔女狩りってか。

以下は直接は関係しないけどいろいろと関係しそうな話。インテリジェント・デザイン論(ID論):はてダ 悪魔の証明(Wikipedia) シュレディンガーの猫(Wikipedia) ラプラスの悪魔(Wikipedia)

「政治と宗教とひいきプロ野球チームが議題の議論はすべきでない」が私の信条だったんですが、それに反して最近私は価値観じみたエントリを書きすぎてしまいました。今回のエントリを持ってしてこれを終わりにし、上記の信条を心がけることにします。・・・まぁこういう信条を掲げること自体が一種の宗教なのかもしれませんがね。

[SlashdotJ] 日本物理学会「ニセ科学」シンポジウム
永久機関、マイナスイオン、「水からの伝言」などなどの話を笑って聞いていればすまされる、という時代ではなくなってきたとも取れる話です。日本物理学会が、一般的に疑似科学に分類されるこれらの社会現象とどう関わっていけばよいのかをテーマとするシンポジウムを開くそうな。なんでも、「水からの伝言」と同著者の本「水は答えを知っている」が少なからず教育現場に取り入れられてしまっているという事実が、今回のシンポジウム開催を後押しすることになったそうな。本来ならば、倫理・宗教・思想の分類であるべきこの本が「科学」の顔をして道徳の授業に取り入れられていることを重く見ているという感じです。

まー、それなら、その対策も社会心理学系のセンセイにまじめにやって欲しいもんなんですが、検索してるなんか変なものが・・・ まー、こういう状況だから物理学会として何かをいいたかったのかもしれません。

ある意味、民衆をうまくマインドコントロールしてトップの言う通りに従ってもらうための手段として使われていることは否定できませんが、それってどこかのお隣の北の国と大差ないような。100人踊らせると詐欺で、100万人踊らせると立派なマーケティングってか。血液型占いとか、マスコミは上手ですな。

まぁ、そのあの、なんていうか、日本は平和なんですかね。グチを言ってる間は負け組、踊らせる側に回って始めて勝ち組。踊らされてる人は、もう知りません。

神による記述

大昔は、太陽が万物の創造主だとか、水・空気・火・土が元素だとか、そういった哲学というか宗教っぽい考え方が世の中を支配していた。神(=万物の創造主)である太陽が空をぐるっと一周するのにかかるのを時間の単位として1日という概念が作られたり、太陽の高さの変動周期から1年という期間の概念が作られたり、要するに神を土台において理論をくみ上げていったわけだ。

逆に言えば、理論の土台にさえなれば何を神としてもかまわないともいえる。最低限として理論の土台になって欲しいので、時や場合によってころころいっていることや状態が変わるものは神としてはよくない。人の考えなんてころころ変わるのが常なので、人を神とすることはできない。流れ星のようにいつ現れていつ消えるのかわからないようなものもよくない。来る日も来る日も規則正しく空に昇ってくれる太陽は、こういう意味で神としてふさわしかったと解釈することもできる。

ところが、規則正しいと思われていた太陽も実は大して規則正しくなかったことが科学の発展により明らかになってくる。太陽が、というよりは、地球から見た見かけ上の太陽が、といった方が正確かもしれないけど。閏年なんて規則性からいえば明らかにイレギュラーだし、地球の太陽を周る運動が完全な円運動ではなかった、とかいった具合の話がごろごろある。地球の自転が一定ではなかったことがわかった結果生まれた閏秒(2002/11/11(Mon))なんて、大して規則正しくなかった太陽(と地球)を神としてしまった弊害でもある。

世の中に絶対なんてものはない。盲目的な神の信仰こそがもっとも危険なのだ。そんなことはわかっていても、人は神を求めてしまう。人の考えなんてころころ変わるのが常なので、規則正しい不変なものを求めてしまうという習性があるからであろう。

・・・起承転結ががっちりとした文章を今年初めて書いてみました。皆様いかがお過ごしでしょうか?「今年初めてじゃなくて生まれて初めてだろ!」とかいうツッコミの声が聞こえてきそうですが、あえて無視することにします。「そもそも上の文章が起承転結がっちりしてないだろ」というツッコミは、無視せずもみ消します(謎)

んで、宗教論とかを書きたかったわけじゃないんです。本当に書きたかったのは「測量は難しい」ということなんです。本当です、信じてください。決して私が**教を広めたかったとか、**教を弾劾したかったわけじゃないんです(謎) あ、でもあの某がっk(ry

Google Maps APIにて測地系の移行なんて話が知らない間に実はありまして。この影響で、2005年12月以前にGoogle Maps API上での地図を元にした緯度・経度そのままの場合、それを12月以降のものへあわせるとずれてしまう、なんていう問題がありました。ぺーぺーの私みたいな素人からするとなんでんな不便な移行をするんだなんて思ってしまったんですが、調べているうちに測量の難しさという話に行き着いたってわけです。

まず日本ローカルでの問題があります。大昔は正確な日本の形すらわかってないわけで、中学の歴史で必ず伊能忠敬を習うわけです。伊能忠敬は地測と天体観測を併用することで誤差を少なくしたそうです。んでその後も日本で独自に測量を行っていって、日本測地系と呼ばれるものができていきました。

しかし、地球上の座標を表す緯度・経度なんて、世界で共通で使えてこそナンボです。日本測地系が日本周辺での誤差を考慮して構築しているため、世界レベルで見ると逆に誤差が生じるわけです。というか、日本の離島周辺でもやばいそうですが。GPSの利用なども考えると、日本測地系を使い続けることの弊害も大きく、測量法改正による世界測地系への移行が行われました。

んで、日本測地系から世界測地系へ移行するのに、やっぱ日本測地系で作った地図もそのまま流用したいわけです。そこで測地系間での座標変換が必要になるわけですが、単純に平行移動するだけではすまされず、回転楕円体選択(ベッセル楕円体の原点・長半径・扁平率)、(経度の)原点の違い、メッシュの歪み(ジオイドの考慮)が必要になります。つまり、複雑な計算だけならず測量に基づくジオイドのデータも必要になるわけです。

ジオイドってのは地球の等重力ポテンシャル面のことです。地球の密度が一定ではなくまた地表もでこぼこしているので、緯度と地球の原点からの距離では重力の大きさを測ることができません。なので、測量に基づき地点ごとに離散的な等重力点を求めて近似的な等重力面を求める必要があります。そうやって求まったジオイド面があってはじめて標高(ジオイド面からの高さ)が求まるわけです。標高ってのは海面(東京湾平均海面)からの高さじゃないんですよ、ジオイド面からの高さなんですよ、・・・という表記も怪しいのか、重力ポテンシャルに対する仕事が等しくなるような重力ポテンシャル面に対する鉛直方向の距離は等しいとすると、ジオイド面からの高さと海面からの高さは等しいのか。よし、ますます意味不明な記述になってきたぞ〜

というわけで、今現在私が保持している緯度経度はかなり局所的な地域(京都府南部)だけのものなので、旧Google Maps APIの緯度経度と新Google Maps APIの緯度経度の差なんて平行移動程度のものだと割り切って、えいやと平行移動して対応終了。はじめからこうすりゃよかったんだよな。日本全国の広いデータを持っている人はこんなことしちゃダメですよ、数百メータずれるのもざららしいんで。

現代科学にとって地球は、不均一で不規則すぎてしかも地震や火山活動で今までの成果を簡単にふいにしちゃうような、そんな困ったちゃんなのです。太陽とて実態はそんなもんなのでしょう。測地・測量学の中の人も大変だなぁ、と思いました。まる。

私の理解の限界はこの辺です。上記文章の不正確さを理解したい人はこの辺を読みましょう

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